大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所堺支部 平成2年(ワ)394号 判決 1995年7月12日

原告

別紙選定者目録記載北川康彦外一八三名選定当事者 北川康彦

右訴訟代理人弁護士

斎藤浩

(他三名)

被告

社会福祉法人大阪府精神薄弱者コロニー事業団

右代表者理事

森田禪朗

右訴訟代理人弁護士

比嘉廉丈

主文

一  被告が平成二年三月三一日に施行した職員就業規則の一部を改正する規則(別紙一)及び職員給与規則の一部を改正する規則(別紙二)が、いずれも無効であることを確認する。

二  別紙選定者目録二、三、一七、二四、三八、四六、四八、五六、一二一、一三四、一三七、一四一、一六一、一五八、一六六及び一七〇記載の選定者らに関する本件訴えを却下する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が、平成二年三月三一日に施行した職員就業規則の一部を改正する規則(別紙一)(略―以下同じ)及び職員給与規則の一部を改正する規則(別紙二)が、いずれも無効であることを確認する。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

本件訴えをいずれも却下する。

(本案についての答弁)

原告の請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

一  本件訴訟の前提となる当事者間に争いのない事実

被告は、訴外大阪府(以下「大阪府」という。)の全額出資によって昭和四四年四月一日に設立された社会福祉法人であり、大阪府立金剛コロニー条例に基づき大阪府が設置した精神薄弱者のための総合施設である大阪府立金剛コロニー(以下「コロニー」という。)及びその附属病院の経営を大阪府から委託されている。

別紙選定者目録一から一八三までに記載の選定者ら(以下「選定者ら」という。)は、被告の職員として、コロニーに現に勤務し或いは勤務していた者であり、同目録一八四記載の選定者(以下「組合」という。)は、昭和四七年に被告の職員をもって結成された労働組合である。

2(ママ) 被告においては、昭和四四年四月一日の設立当初から昭和四八年三月三一日までは満六〇歳定年制であったが、同年四月一日からは満六三歳定年制となっていた。

被告は、職員就業規則の一部を改正して、定年による退職の時期を六〇歳に達した日以後の最初の三月三一日とし(別紙一)、また、職員給与規則の一部を改正して、年齢が五八歳に達した日の属する会計年度の末日を超えて在職する職員は昇給しないとし(別紙二)、これらを平成二年三月三一日から実施した(以下、職員就業規則、職員給与規則をあわせて「本件規則」と、それらの一部改正を「本件規則改正」と、右一部改正の規則を「本件改正規則」と、それぞれいう。)。

3 別紙選定者目録二、三、一七、二四、三八、四六、四八、五六、一二一、一三四、一三七、一四一、一六一、一五八、一六六及び一七〇記載の選定者らは、既に被告を退職している。

二  本件訴訟の概要

本件は、原告において、本件改正規則はいずれも効力がないとして、その無効確認を求めた事案である。

三  争点

1  本件訴えに確認の利益があるかどうか。

2  本件改正規則の効力。

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(原告の主張)

現在の権利又は法律関係の個別的な確定によっては必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえって、それらの権利又は法律関係の基礎にある過去の基本的な法律関係を確定することが、現に存在する紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合には、過去の基本的な法律関係の確定についても確認の利益が認められる。

本件は、被告において、定年年齢を満六三歳から六〇歳に引き下げるなど、選定者らの労働条件を一方的に不利益に変更する内容の本件改正規則を制定し、しかも本件規則改正は、労働条件の変更について組合の事前の同意を要する旨の労使協定にも反していたため、選定者ら及び組合と被告との間で紛争が生じたものである。このような集団的労働関係を規律する就業規則を巡る紛争の実態に即して考えれば、本件においては、個々の選定者ら或いは組合と被告との間における権利又は法律関係の個別的な確定を求めることは、迂遠であり、紛争の抜本的解決をもたらすものではなく、かえって、選定者ら及び組合と被告との間の具体的法律関係の基礎となる本件改正規則の効力を確定することが、紛争の解決に最も適切かつ必要であることは明白である。

よって、本件訴えには確認の利益がある。

(被告の主張)

確認の訴えの対象は具体的な権利関係であることを要するところ、本件改正規則は、選定者ら特定の個人と被告との間の具体的な権利関係を発生させる一つの法律事実にすぎないから、確認の訴えの対象とはなり得ない。

また、本件改正規則は、いずれも法的規範性を有するものであるから、選定者ら特定の個人と被告との間でその効力を確認すべきものでもない。

よって、いずれにしても本件訴えに確認の利益はない。なお、既に被告を退職した者に関しては、原告は選定当事者としての当事者適格を有しない。

2  争点2について

(原告の主張)

(一) 本件改正規則による不利益変更性(無効性)

選定者らを含む被告の職員は、労働条件が大阪府職員のそれより一般的に劣る中で、六三歳定年という有利な労働条件を就業規則で定められて、被告に雇用されてきたのであり、六三歳定年という労働条件は、既に選定者らを含む被告の個々の職員と被告との間の労働契約の内容となっているというべきである。そして、就業規則の変更による労働条件の一方的な不利益変更は許されないというべきであるから、使用者たる被告において、個々の職員の同意を得ることなく、一方的に本件規則改正をして定年を引き下げることは許されない。

また、年齢による一律昇給停止制度は従来なかったのに、被告において、本件改正規則により、五八歳の一律昇給停止制度を一方的に設けることもできないはずである。

したがって、本件改正規則による定年引下げ、昇給停止は無効である。

(二) 本件改正規則の労働協約違反

組合と被告とは、昭和四七年四月七日、「職員の解雇その他の労働条件の変更については、事前に組合の同意を得たうえでこれを行う」旨を確認し、これを確認書として明文化した。

しかるに、本件規則改正は、定年引下げ、昇給停止という重大な労働条件の変更であるにもかかわらず、組合の同意を得ることなく、被告が一方的に行ったものである。

したがって、本件規則改正は、労使協定の右同意条項に違反してなされたものであるから、組合に対する関係で無効である。

(被告の主張)

(一) 本件改正規則の合理性(有効性)

(被告の抗弁)

(1) 定年引下げの経緯

地方公共団体が設立した社会福祉事業団の職員の処遇(給与、退職金等)については、厚生省が、昭和四六年七月一六日付けで、「事業団の職員の処遇(給与、退職金等)は、事業団を設立した地方公共団体の職員に準ずるものとすること。ただし、各職員の格付にあたっては、単純に年功的処遇を行うのではなく、職務に応じた給与の支給等適切な配慮を加えるものとする。」旨の通知を発し、これに従った指導をしている。また、被告と組合との間で昭和五五年六月一四日に交わされた覚書の中にも、右指導に沿って、大阪府の退職条例に準じて被告の退職手当規程を制定する旨の条項が定められている。

大阪府は昭和五九年度に六〇歳定年制を設けており、前記の厚生省の指導及び覚書の趣旨から、被告においても右時点において就業規則を変更すべきであったが、それが遅れていたものである。現在では、大阪府の外郭団体(四一団体)のすべてにおいて、六〇歳定年制が採用されている。

(2) 定年引下げによる不利益について

本件規則改正は、従前の六三歳定年を六〇歳定年に引き下げるものであるから、その点のみを捉えれば選定者らに不利益である。しかし、本件規則改正は、定年引下げと併せて以下に述べるような措置を講じ、実質的な不利益が生じないようにしている。

イ 経過措置による段階的実施等

被告は、定年年齢の引下げによる職員の生活設計の変更等を避けるため、六〇歳定年制の施行に二年間の経過期間を設け、平成二年度までの間に段階的に実施することにした。すなわち、平成元年度末退職者は、その時点で満六一歳以上の者とし、六〇歳である者は平成二年度末に退職することとした。

満六三歳まで在職した場合には在職期間が全国社会福祉事業団協議会年金共済(以下「全事協年金」という。)の受給資格期間である二〇年以上となるのに、六〇歳定年制が施行されることによって在職期間が二〇年間に達しなくなる者については、右年金の受給権を失わせることのないよう、年金受給権が発生するまでの期間退職日を延長する措置を講じた。

ロ 退職手当制度の改正

a 定年退職者に対する退職手当の支給額を、変更前は普通退職並であったのを、有利な支給率に改正した。

b 勧奨退職者についての規程を新設し、退職手当について有利な支給率を適用して計算することとした。この制度は、大阪府においては既に実施されているが、その外郭団体においては被告のみが設けたものであり、本件規則改正に併せて実施した。

c 在職二〇年未満の退職者については、退職手当の改正によって支給率が引き下げられたために不利な扱いにならないよう、改正前か改正後のいずれか有利な支給率を適用することとした。

ハ 非常勤特別嘱託員制度の創設

定年退職後も引き続き就労を希望する職員に就労の機会を保障するために、非常勤特別嘱託員取扱要綱を定め、定年退職者及び五五歳以上の勧奨退職者について、六三歳の年度末まで就労可能な非常勤特別嘱託員制度を設けた。その内容は、雇用期間は一年とするが満六三歳の年度末までの範囲で五年間を限度に更新することができ、勤務時間は原則として週三〇時間以下であり、報酬は週三〇時間勤務の場合月額一一万円である。

ニ 減収を補うその他のもの

選定者らは、六〇歳で定年退職した後、六三歳までは厚生年金及び全事協年金を受給できるし、退職金の運用益も見込まれる。

(3) 昇給停止による不利益について

被告は、本件規則改正前から大阪府に準じて六〇歳で昇給を停止する運用をしており、昇給停止の措置を新たに設けたものではないから、本件規則改正によって昇給停止をしても不利益変更の問題に該当しないし、仮に該当するとしても、大阪府に準じたものであり、組合もこれを同意していた。

(4) まとめ

以上のように、本件規則改正は、決して一方的なものではなく、大阪府に準じたものであり、職員の実質的な不利益もほとんどないような配慮がなされた。その結果、本件規則改正によって選定者らが受ける不利益は、別紙「定年年齢引き下げによる減収額一覧表」(以下「別表」という。)の「差引損得額R-X Y(ママ)」欄に記載の金額に過ぎない。さらに、組合とも三十数回にわたり誠心誠意交渉を重ねた上での改正であり、合理性を有することが明らかである。

(二) 本件規則改正と労使協定との関係について

昭和四七年四月七日付けの確認書中の同意条項の目的とするところは、組合の同意を得るよう努力するという点にある。被告としては、この条項の精神を活かすべく、本件規則改正に当たって、昭和六三年八月以来、組合と三十数回にわたり誠実な交渉を重ねてきたものであり、本件規則改正を一方的に強行したものではない。したがって、本件規則改正は、労使協定に違反しない。

(被告の答弁に対する原告の主張)

(一) 定年引下げは、労働条件の重要な内容の実質的な不利益変更であるから、これに合理性がある場合に不利益変更が有効になるとしても、その合理性の有無の判断は、定年引下げの必要性、引下げによって被告の職員が被る不利益の内容と程度、定年制をめぐる社会的な状況等の諸点からなされなければならない。

(1) 定年をめぐる社会的状況について

わが国は、高齢化社会を迎え、六〇歳以上の雇用確保が政府の施策上の現実的課題として推進されており、六〇歳定年の実現の努力が事業主に法的に義務付けられ(昭和六一年四月の高年齢者の雇用の安定等に関する法律の改正)、さらに、六五歳までの雇用確保の努力を事業主に義務付ける法改正の方向が打ち出されるに至っている(平成二年三月の雇用審議会の答申)。右と連動して、政府は、被用者年金制度の支給開始年齢を六五歳まで引き上げていく方針を決定している。したがって、六五歳までの雇用確保は、社会の現実的で具体的な方向である。それにもかかわらず現行の六三歳定年を引き下げるという本件規則改正は、これに逆行するものであって、勤労権保障の法秩序に反する。

(2) 定年引下げの必要性について

被告が定年引下げを強行したのは、大阪府職員の定年に合わせるように大阪府から強く指導されたためであり、これについて実質的な理由はない。

(3) 定年引下げによる不利益の内容と程度

イ 選定者らを含む被告の職員は、本件規則改正により、定年が満六三歳から六〇歳の年度末に引下げられ、勤務年数が二年ないし三年間短縮されるため、右短縮期間における得べかりし収入を一方的に奪われることになる。選定者らについての減収額は、別表の「差引損得額”M-X’Y(ママ)”」欄に記載のとおりであって、少ない者でも一千数百万円、多い者は二千数百万円に上る。

ロ 定年引下げは、選定者らを含む被告の職員に右のような莫大な不利益を及ぼすにもかかわらず、それに見合う代償措置がほとんど講じられていない。被告は、退職金規定の改正、非常勤特嘱制度の創設等を主張するが、それらは代償措置の実体を有しないものである。

退職金規定の改正は、定年引下げの代償というより、昭和五五年に被告と組合との間に交わされた覚書「大阪府の退職手当条例に準じた被告の退職手当規程を制定するが、今後府の規定に変更があればただちにそれに準じて変更することとする。」という協約の履行として、大阪府並にしただけであり、非常勤特嘱制度は、定年退職者において希望すれば必ず雇用されるものとはなっておらず、雇用されても六三歳の年度末までの雇用が保障されているわけではなく、また、嘱託の仕事の内容は定年前とほとんど同じであるにもかかわらず、賃金は月額約一一万円程度と退職前の約三分の一以下となり、労働条件、待遇が極めて悪くなっており、代償措置とは到底いえない。さらに、厚生年金収入は、支給年齢が六五歳に引き上げられる可能性があって確実ではないし、被告の主張する退職金運用益(別表の「退職手当利息」欄)は、退職金全額を定年の短縮による全期間にわたって大口定期預金に預け入れることを前提としたものであって、一般の労働者の退職金運用の実情に反しており、非現実的である。

(二) よって、被告の抗弁は理由がない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  民事訴訟は私人間の紛争を解決するものであるから、確認訴訟における確認の対象としては、原則として、紛争解決にとって通常最も有効適切な対象すなわち現在の権利又は法律関係を対象とした場合に、確認の利益が肯定される。ただし、例外的に、現在の権利又は法律関係を対象としたのでは必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえって、それらの権利又は法律関係の基礎にある過去の権利又は法律関係や事実関係を確定することが、現に存在する紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合には、過去の権利又は法律関係や事実関係を確定することにも確認の利益が認められるべきである。

これを本件についてみるに、選定者らが五八歳ないし六〇歳に達した時点において、本件改正規則が現実に適用され、本件規則改正についての法的紛争が顕在化するとしても(その意味で、本件は将来の権利又は法律関係についての紛争ともいえる。)、それが顕在化することは現在の時点においても確実であり、しかも、右紛争は選定者ら多数の者の権利義務に影響を与えるものであって、後記二に記載のとおり、現に組合を含めて多数の者と被告との間において意見の対立を生じているのであるから、右紛争の根本であって将来の権利又は法律関係を発生させる基礎である本件規則改正の効力(本件改正規則の効力とすると、現在の法律関係を問題にしているともいえる。)を確認することは、本件紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要であるといえる。したがって、本件訴えについては確認の利益を肯定できる。

被告は、<1>本件改正規則が、選定者ら特定の個人と使用者たる被告との間の具体的な権利関係を発生させる一つの法律事実にすぎないから、その効力は確認の訴えの対象とはなり得ず、<2>本件改正規則は、法的規範性を有するから、選定者ら特定の個人と使用者たる被告との間で確認すべきものでもない旨主張する。しかしながら、右<1>の主張は、将来の具体的な権利関係を発生させる基礎たる事実関係について確認の利益を認める以上、これを採用することができず、右<2>の主張については、本件改正規則が法的規範性を有していることを理由として確認の利益を否定することには論理の飛躍があり、むしろ、前記のとおり、法的規範性を有し多数の者の権利義務に影響するからこそ確認の利益を肯定すべきであって、採用の限りでない。

2  前記第二の一の3記載のとおり、別紙選定者目録二、三、一七、二四、三八、四六、四八、五六、一二一、一三四、一三七、一四一、一六一、一五八、一六六及び一七〇記載の選定者らは、既に被告を退職しており、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によると、右選定者らのうち、同目録二記載の選定者は本件改正規則による定年退職者であり、その余の者は一身上の都合による中途退職者であることが認められる。そうすると、右選定者らのうち同目録二記載の選定者を除いた者については、本件改正規則が適用になる可能性がなくなったのだから、原告はそれらの者の選定当事者としての原告適格を欠くというべきである。また、同目録二記載の選定者についても、賃金額ないし雇用契約上の地位の存否の形で訴えるべきであって、本件訴えについては確認の利益を欠くというべきであって、原告の原告適格を認めることができない。

二  争点2について。

1  証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

(一) 本件規則改正の経緯と必要性

地方公共団体が設立した社会福祉事業団の職員の処遇(給与、退職金等)については、昭和四六年七月一六日付けの「社会福祉事業団等の設立及び運営の基準について」と題する厚生省社会・児童家庭局長連名通知の中で、「事業団の職員の処遇(給与、退職金等)は、事業団を設立した地方公共団体の職員に準ずるものとすること。ただし、各職員の格付にあたっては、単純に年功的処遇を行うのではなく、職務に応じた給与の支給等適切な配慮を加えるものとする。」旨記載され、厚生省においてこれに沿った指導をしている。また、昭和五五年六月一四日に被告と組合との間で交わされた覚書(以下「五五年覚書」という。)の中でも、右指導に沿って、「大阪府の退職条例に準じた被告の退職手当規程を制定するが、今後大阪府の規程に変更があれば、直ちにそれに準じて変更することとする。」旨の条項が定められている。

大阪府では、従来、定年制を設けることなく、特別退職等に対する優遇措置要綱を定めて実質的には五五歳に達した年度末における退職の運用をしてきたが、昭和五九年三月二八日に「職員の定年等に関する条例」を制定し、同六〇年三月三一日から六〇歳定年制を実施した。大阪府の外郭団体(四一団体)は、被告ら福祉三団体を除き、大阪府の右条例の制定以前から六〇歳定年制を採用していた。そこで、大阪府は、前記の厚生省通知もあったため、被告ら福祉三団体も大阪府及びその外郭団体に準じるべきであるとし、被告に対しては、六〇歳定年制を採用するよう昭和六二年から打診したうえ、昭和六三年三月一五日、昭和六三年度末から六〇歳定年制を採用するよう通知した。

被告は、六三歳定年制を採用した経緯もあり、昭和六二年に打診を受けた際は、六〇歳定年制の採用に消極的であった。被告は、昭和六三年の大阪府からの正式通知以後は、大阪府の全額出資により設立された社会法人であって、大阪府の委託によりコロニー等を経営し、その収入の九七パーセントが大阪府からの委託料であるなどという被告の性格から、基本的に六〇歳定年制を採用せざるを得ないと考えたが、被告の運営上は、六〇歳定年制が特に必要であるとの理由はなかった。そして、被告は、昭和六三年三月二二日に、組合に対して大阪府の通知を伝え、以後組合との役員交渉、団体交渉等を重ね、四次にわたる提案を組合に行ったが、その提案内容は大阪府から被告に提示された内容と殆ど同一であって、被告が修正することは皆無に近く、五五年覚書に反する提案内容もあった。被告と組合との交渉は平成二年一月まで続けられたが妥結に至らず、被告は、平成二年三月三一日、本件規則改正により六〇歳定年制を実施した。

五八歳の一律昇給停止は、大阪府が人事委員会規則を改正して平成元年四月一日から同制度を採用したため、被告において、六〇歳定年制の問題とは別に検討し、同年五月九日組合に提案した。被告の運営上は、五八歳一律昇給停止が特に必要であるとの理由はなかった。そして、この問題についても被告と組合との交渉が重ねられたが妥結せず、被告は、平成二年三月三一日、本件規則改正により五八歳昇給停止を実施した。

(<証拠・人証略>)

(二) 定年引下げによる不利益とその代償措置

(1) 本件規則改正による定年の引下げにより、職員に減収が生じるので、被告は、本件規則改正と同時に、職員退職手当規程を改正し、大阪府の「職員の退職手当に関する条例」に準じて、二五年以上勤続して定年退職した者の退職手当率(退職の日の月給額に乗ずる率)を次のように上げた。

ア 一年以上一〇年以下の期間

一年につき、一〇〇分の一二五から一〇〇分の一五〇へ

イ 一一年以上二〇年以下の期間

一年につき、一〇〇分の一三七・五から一〇〇分の一六五へ

ウ 二一年以上三〇年以下の期間

一年につき、一〇〇分の一五〇(ただし、二五年以上三〇年以下の退職者には特例がある。)から一〇〇分の一八〇へ

エ 三一年以上の期間

一年につき、一〇〇分の一三七・五から一〇〇分の一五〇へ

その結果、六〇歳定年制による選定者らの減収額は、六〇歳から六三歳までの賃金等の収入と旧退職手当率による退職手当金の和と、新退職手当率による退職金との差額となる。なお、賃金等には、調整手当、超過手当、宿直手当を含む。右差額を計算したのが別表の「差引損得額”M-X’Y”(ママ)」欄である(退職手当基礎給料として、別表の「定年時給料(旧)K」欄は、五八歳での昇給停止を前提にしている。これは、定年制引下げと、五八歳昇給停止が別制度であるからである。)。

さらに、被告が導入したものではないので代替措置とはいえないが、選定者らが六〇歳で定年退職した場合、選定者らは厚生年金及び全事協年金を受給することができる。その金額は、別表の「厚生年金O」欄と「全事協年金P」欄の金額の和である。

結局、本件規則改正により、選定者らは、別表の「Y”-(O+P)」欄の損害を受けることになり、その金額は、訴訟要件を欠く選定者らを除いても、一人当たり約一〇〇〇万円から約二〇〇〇万円となる。

(<証拠・人証略>)

(2) 被告は、定年制の引下げによる職員の生活設計の変更等を避けるため、六〇歳定年制の施行に二年間の経過期間を設け、平成二年度末までの間に段階的に実施することにした。すなわち、平成元年度末退職者は、本件改正規則施行の時点で満六一歳以上の者とし、その時点で六〇歳である者は、平成二年度末に退職することとした。したがって、完全な六〇歳定年制の施行は、平成三年度末からであった。

満六三歳まで在職した場合には在職期間が全事協年金の受給資格期間である二〇年以上となるのに、六〇歳定年制が施行されることによって在職期間が二〇年間に達しなくなる者については、右年金の受給権を失わせることのないよう、被告は、年金受給権が発生するまでの期間退職日を延長する措置を講じた。

(<証拠・人証略>)

(3) 被告は、定年制の引下げにより職員に生じる不利益を小さくするため、非常勤特別嘱託員取扱要領を定め、これを平成二年四月一日から施行し、定年退職した者等を最長六三歳まで雇用できる制度を採用した。この制度は、雇用時間を原則として週三〇時間とし、その場合の報酬は月額一一万円で、服務は被告の一般職員に準じて取り扱うことになっている。右取扱要領上では、希望者が必ず採用されるかどうか明らかでなないが、被告は希望者を全員採用する運用を考えていた。ただし、特別嘱託員の職務内容がはっきりせず、従前と同じ職務内容で報酬が半分以下に落ちる懸念があったこともあり、本件規則改正後、一〇名の定年退職者がいたが、希望者は一人もいなかった。

右制度が完全に機能すると、別表の「嘱託収入Q」欄が選定者らの収入となる。

(<証拠・人証略>)

(三) 昇給停止による不利益とその代償措置

五八歳昇給停止により、被告職員は、定年までの賃金上昇額に相当する不利益を受けることになるが、それに対する代償措置ないし緩和措置は一切なかった。

(<証拠略>)

(四) 被告と組合との交渉経緯

被告は、昭和六三年三月二二日から平成二年一月まで、非公式なものを含めて合計四〇回近くの交渉を組合と行い、その間組合の機関紙等で度々批判されながら交渉を打ち切ることはなかった。そして、大阪府の意向にほゞ全面的に従ったものとはいえ、定年制引下げに関して四次にわたる提案を行い、最終的には、定年制引下げについては組合と合意に至るのではないかとの感触を抱いたほどであった。

(<証拠・人証略>)

(五) 被告職員と大阪府職員との労働条件の比較

被告と組合は、昭和四七年四月七日、基本賃金は大阪府給与条例を準用し、その他の労働条件、身分保障については大阪府並になるよう努力する旨の確認書を締結し、五五年覚書では、被告の職員の労働条件が大阪府職員の労働条件に準じて確保されるよう被告において常に留意し努力する旨の約定を結んだ。

これにより、被告の職員は、大阪府職員と同等の賃金を保障され、四週五休ないし六休制度については、時期が大阪府より遅れたものの、大阪府と同様に実施されたが、大阪府職員に比べて、労働時間が一日一五分、一週間で一時間一五分多いこと、宿直の回数が多く、時間や人数の点でも負担が重いこと、一部負担金払戻金制度、傷病手当金制度、婚姻や被扶養者の傷病等の私的理由による休業の場合の手当金制度などがなく、健康保険の面で保障が劣ること、家族の医療補助金制度や月賦購買立替金制度がなく、互助会の退会給付金率が低く、住宅貸付の利息が高いなど福利厚生の面でも劣っていることなど、同等の労働条件が達成されていない部分もかなり残っている。一方、被告職員が大阪府職員より労働条件で勝っていたのは、些細なものを除くと、六三歳定年制だけであった。

(<証拠・人証略>)

(六) 被告職員と他の外郭団体、他の社会福祉法人各職員との定年制の比較

六〇歳定年制は、現在では大阪府の外郭団体(四一団体)のすべてにおいて採用されており、各府県社会福祉事業団の八五パーセントにおいて六〇歳以下定年制が実施されている。

(<証拠・人証略>)

(七) 定年制の社会的趨勢

高齢化社会への対応として、六〇歳以上の雇用確保が政府の施策の内容として推進されている。昭和六一年四月、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」が改定され、六〇歳定年の実現の努力が事業主に法的に義務付けられ、また、政府の雇用審議会においては、平成二年三月、「高齢者雇用対策に関する答申(第二一号)」が作成され、六五歳までの雇用確保の努力を事業主に義務付ける法改正の方向が打ち出されている。右と連動して、政府は、平成元年三月二八日、「被用者年金制度の支給開始年齢の引上げについて」という閣議決定を行い、被用者年金制度の支給開始年齢を六五歳まで引き上げる方針を決定した。

(<証拠・人証略>)

2  以上の認定事実を前提にして、本件改正規則の効力について判断する。

前記第二の一2に記載のとおり、本件改正規則は、就業規則の不利益変更であることが明らかであるところ、労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものである限り、事実たる慣習によって法規範性を認めることができる。そして、使用者において、新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない(最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁参照)。そして、右合理性については、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解され、当該就業規則の作成又は変更の必要性の程度、それによる従業員の不利益の程度、労働組合との交渉経過、関連業界の取扱い、社会的動き等を総合勘案する必要がある。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受任させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである(最高裁判所昭和五八年一一月二五日第二小法廷判決・判例タイムズ五一五号一〇八頁、同裁判所昭和六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁参照)。

これを本件についてみるに、本件規則改正は、六〇歳定年制、五八歳昇給停止制のいずれについても、その性質上、労働者にとって重要な労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更であることが明らかであるところ、前記1(一)記載のとおり、その採用が被告の運営上特に必要というわけではなく、大阪府においてそれらの制度を採用したことに伴い、被告の組織の性格上、大阪府から要請を受けて採用せざるを得なかったものである。被告の組織の性格上採用せざるを得なかったという点では、就業規則の不利益変更が必要であったともいえるが、右の点は運営上の理由ではないから、これをもって高度の必要性があったとまでは到底いえない。そして、前記1(二)記載のとおり、六〇歳定年制については、選定者らには、退職手当率の上昇を考慮しても、一人当たり約一〇〇〇万円から約二〇〇〇万円の減収が生じ得ることになる一方((1))、それについての緩和策が採られているものの((2))、代替措置は極めて不十分で、非常勤特別嘱託員制度の実効性ははっきりせず((3))、右約一〇〇〇万円から約二〇〇〇万円の減収がそのまま損害になる可能性が高い(被告は、退職金運用利益も考慮すべきである旨主張するが、退職金をそのまま銀行預金等とすることができると一概にいうことはできず、また、そのような義務を認めることもできないから、右の点を代替措置として考慮することはできず、被告の右主張は採用できない。)。また、前記1(三)の記載のとおり、五八歳昇給停止により、選定者らは定年までの賃金上昇額に相当する不利益を受けるが、それについての代償措置ないし緩和措置は一切講じられていない。よって、六〇歳定年制、五八歳昇給停止とも、かなりの不利益を選定者らにもたらす制度といえる。加えて、六〇歳定年制については、前記1(五)の記載のとおり、被告職員の労働条件は大阪府職員のそれより劣っている部分がまだ少なくないのに、それらの改善との抱き合わせなしに大阪府職員より有利さの点で唯一に近い定年制の条件を切り下げることに疑問が残る。さらに、そもそも、前記1(七)の記載のとおり、定年引下げによる六〇歳定年制は、時代の流れにそぐわないとの疑念がぬぐいきれない。

以上によると、本件規則改正は、先に判示したような高度の必要性がないのに、かなりの不利益を選定者らにもたらすものであって、その他の点での疑問も存するから、前記1(四)、(六)の記載の事情を考慮に入れても、本件規則改正をもって、その必要性及び内容の両面からみて、これによって被告の職員が受けることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものということは困難である。したがって、本件改正規則は、無効である。

第四結論

以上により、既に被告を退職した選定者ら(前記第三の一2)に関しては、原告適格を認めることはできないから、右選定者らに関する本件訴えを却下し、その余の選定者ら及び組合に関しては、その余の点について判断するまでもなく、本件改正規則の無効確認を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容する。

(裁判長裁判官 妹尾圭策 裁判官 浅見宣義 裁判官園原敏彦は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 妹尾圭策)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例